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大阪地方裁判所 昭和30年(行)6号 判決

原告 岡本熊造

被告 大阪国税局長

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告氏名の冒用者の負担とする。

事実

本件訴状によれば、原告の請求の趣旨は、「被告が原告に対してなした昭和二十八年度分所得金額を金二十一万六千円とする更正決定処分のうち、金十六万円を超える部分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めるにあり、その請求の原因は、「原告は生魚販売業を営むものであるが、昭和二十九年三月十日、被告に対し、昭和二十八年度総所得金額を金十六万円とする確定申告書を提出したところ、被告から右総所得金額を金二十一万六千円とする更正決定をなした旨通知を受けたので原告は、更に被告に対し、右更正決定に対する再調査請求をしたが被告は右更正決定と同内容の決定をした。そこで、原告は被告に対し、右決定に対する審査請求をしたところ、被告は昭和二十九年十一月十九日、原告の右請求を棄却する決定をして原告に通知した。しかし被告の右各決定はいずれも原告の所得につきなんら具体的調査を行うことなくなされた違法なものであるからその取消を求めるため本訴に及んだ。」というにある。

答弁書によれば、被告の本案前の答弁の趣旨は、主文同旨の判決を求めるにあり、その理由は、「原告は昭和二十九年九月一日に死亡し、本件訴提起の日である昭和三十年一月十二日には既に実在して居らず、従つて本件訴は実在しない死者によつて提起されたものであるから、訴提起の要件を欠き、不適法な訴として却下すべきである。」というにある。また被告の本案の答弁の趣旨は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」というにあり、その理由は、「原告が生魚販売業を営んでいたこと、原告がその主張のような確定申告書を提出したこと、(但しその日は昭和二十九年三月十五日である。)同年四月十九日、原告主張のような更正決定がなされていること、同年五月十三日原告が再調査の請求をしたことこれに対し同年六月八日決定がなされていること、(但し、右決定の内容は原告の請求を棄却する旨である。)原告が同月三十日被告に対し、審査の請求をしたこと、及び被告がこれに対し原告主張の日にその主張のような決定をしたことはいずれも認めるが、被告等が原告の所得につき、具体的調査をせずに右各決定をしたことは否認する。」というにある。

理由

職権により本件訴訟の訴訟要件につき調査するに、本件記録添付の住民票抄本(写)によれば、原告は昭和二十九年九月一日に死亡したことが認められ、本訴提起の日であること記録上明かな昭和三十年一月十二日には既に実在しなかつたことが明かである。

従つて、本件訴は、事実上は、第三者が死者である原告の氏名を冒用して訴状を提出したものと推認されるが、法律上本件訴を提起したのは訴状の表示により原告であると認められるから、本件訴は実在しない死者によつて提起されたことになり、形式上一応訴提起行為が存在したとしても、それは訴提起者である原告の実在という要件を欠く無効なものである。そして訴提起行為が適式有効であることは本案判決の前提である訴訟要件の一つでありしかも本件訴におけるこの訴訟要件の欠缺は補正できない場合と認められるから民事訴訟法第二百二条により、その余の判断をなすまでもなく、本件訴は不適法として却下すべきものである。また、訴訟費用は、死者である原告の氏名を冒用して事実上本訴を提起した者に負担させるのが相当であるから、民事訴訟法第九十九条を類推適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川種一郎 奥村正策 鍬守正一)

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